2013年2月24日日曜日

稽古と練習

2010.4.9

先日、「いや~キツかった~!稽古したな~」と、思えた稽古が有りました。
気を抜かず、相手と打ち合う内に、左足のふくらはぎが張り、思うように動かなくなった。
稽古は続き、元太刀に立たせて頂いての稽古が続いた。
思うように動かぬ身体、声が足らぬと胆からの声を出し続け、疲労する身体と気持ち。
気持ちが弱ると、動きも目に見えて落ちていく。
こんな時こそ、声を出し、気を抜かず、打つべき時に打つべきなのだ。
それが出来るか出来ないか、ここが自分の気持ちとの戦い時である。
そんな時間が稽古なのでは無いかと思う。
練習とは、身体も気力も充実する中、目指す動きや不足の技などを身に付ける時間なのでは。
そうした練習で身に付けたものを、稽古によっていつ、いかなる時でも行えるようにする。
そうした事を続ける中に、自分の心と向かい合い、自分の生き方、方向性を見出して行く。

剣道とは、「剣の理法の修練による人間形成の道である」

つまり、剣道とは、剣道を行なうことにより人間が生まれながらにして持っている「すばらしい性格」を引き出し、それを磨き、鍛え、育てていくということです。 
それと同時に「剣道修錬(剣道を行っていく)の心構え」として、「剣道を正しく真剣に学ぶことにより、心身を練磨し、旺盛なる気力を養い、剣道の特性を通じて、礼節を尊び、信義を重んじ、誠を尽くし、常に自己の修養に努める。以って国家社会を愛して広く人類の平和繁栄に寄与せんとするものである。」
と述べています。

簡単に言うと、

剣道を正しく真剣に学ぶことにより、心や体を磨き、鍛え、元気な力を養い、剣道を通じて、礼儀と節度を尊重し、約束を破らない、人を裏切らない心を大切にし、誠意を尽くして、常に自分自身の向上のために努力し続ける。
そして、全体的に国(=日本)を愛して広く人類の平和に貢献しよう、ということです。(簡単に言っていないかな…)

う~ん、伝えたい事を文章にするって難しい(^^ヾ

*稽古・・・古(いにしえ)を稽(かんが)えるの意。
      (稽える・・・物事を突き詰めて考え合わす。寄せ集めて引き比べる)

*練習・・・技能・学問などが上達するように繰り返して習うこと

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